まず第一に素材である「良い榧材」を手に入れるにつきます。碁盤は何と言っても榧が最も適しています。榧は石を打ちおろすときに堅すぎも柔らかすぎもしないほどよい弾力があるうえに美しい木目と色艶がある、桐の覆いをとった時などに美しい香りを放つ、長年の使用に耐える、など実に多くの長所を持っています。
榧の木は太平洋側、日本各地にありますが盤の材料としてみますと『木目の立った』日向産の榧が一番だと思います。特に綾営林署内より切りだされる榧が最も良質な材とされています。私も訪ねてみましたが、人里離れた山奥でなかなか風光明美なところです。人家の多いところの木はキズが多くて困ることがあります。多分その地質と自然環境が木目が細やかで真っ直ぐな榧の木の育成に適しているためではないかと思われます。 しかし最終的には原木を切ってみないと分かりません。その意味では勘と経験が頼りの仕事と言えます。原材の丸太からどのように碁盤を作るかは碁盤師の最も苦心することの一つです。
次に、これが一番大切なことですが、「狂い」のこない盤を作ることです。良い榧材を手に入れたら少し大きめに「木取り」をして、10年以上の自然乾燥をさせた後、「仮ごしらえ」をします。その後何回かの調整を繰り返しながら完全に乾燥するのを待つわけです。このように、丹念に仕上げられた盤だけが、ひびやカビはもちろん、将来にわたり「狂い」のこない盤となるわけです。
僅かでも水分が残ると、割れやすい、シミが出やすい、虫がつきやすい、つやが悪い、重い、打ち味が悪いなど困ることばかり。業者が換金を急いで売り出した品などをつかむと、あとで泣くことがあります。昔は伐採してから十年たたない碁盤を売ると、「店の暖簾(のれん)にキズがつく」と言ったもの だそうです。
また、切り旬をやかましく言います。切り旬とは、立ち木を伐採するときの時期のことです。11月か ら2月ぐらいまでの寒い時期に切ります。
制作に関してですが、木を削るカンナは若い時に修業します。雨の日などが続くとカンナの台が狂ってきて、うまくかからなくなります。
最後に、縦横19路の線と九つの星がありますが、これを漆で書き入れることを「目盛り」と言います。目盛りには古来より三種類の技法があり、筆盛り、ヘラ盛り、刀盛りといいます。技法についてはさておいて、要はそれぞれの線が平行に引けているか、太さなどが一定しているかどうかが重要です。
私は「ヘラ盛り」で盛ります。江戸ヘラ盛りとも言われて、東京の業者は多くがヘラ盛りです。この方法は、鉄ヘラで盤面に漆を刷り込んでゆく方法ですので、大変「目持ち」がいいのです。最後の仕上げですので、大変に緊張するのですが、すべてがうまくいったときは、長年の苦労が吹き飛ぶ思いです。
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